リュージュでミラノ・コルティナ冬季五輪日本代表に内定した小林誠也さんを知っていますか?
日本ではマイナー競技のリュージュですが、どのような競技か興味がある方も多いと思います。
この記事では
- 小林誠也はどんな選手?
- 小林誠也の競技歴とキャリア
- 小林誠也の主な国際大会成績と評価
- リュージュはどんな競技?日本代表1枠の厳しさ
についてお伝えいたします。
小林誠也はどんな選手?日本リュージュ界を代表する存在
小林誠也さんはどんな選手なのでしょうか?
プロフィールから見てみましょう。
プロフィール
小林誠也(リュージュ)さんのプロフィールはこちらです。
| 氏名 | 小林 誠也(こばやし せいや) |
| 生年月日 | 2001年8月11日 |
| 出身地 | 長野県長野市飯綱町 |
| 身長/体重 | 172cm / 84kg |
| 学歴 | 長野工業高等学校 → 信州スポーツ医療福祉専門学校 |
| 所属 | 中外印刷株式会社 |
小林誠也さんのSNSに「リュージュっていうソリの選手」と書いてあります。
日本ではあまり知られていないリュージュを噛み砕いて伝えようとしているのかもしれません。
表現の仕方から勝手なイメージですが、ざっくばらんな人かなと感じますね。
日本リュージュで孤軍奮闘
小林誠也さんは、日本で唯一のシニアリュージュ選手です。
2026年1月にミラノ・コルティナ冬季五輪代表に2大会連続で内定しました。
日本では競技人口が少ないリュージュですが、小林誠也さんの活躍によりジュニア選手が国際大会に初出場するなど日本リュージュ界の灯火を守っている選手なのです。
そして、リュージュの知名度が上がること、選手が増えることを強く願っています。
小林誠也さんはこのように言っています。
競技者がいなくなってしまうのは自分としてもすごく悲しい。このリュージュ競技をもっと多くの人に知ってもらって、また長野で滑ることができたら、本当に最高の展開だと思う
引用:Spocolor
リュージュが日本で知ってもらえ興味を持ってもらいたいことがわかりますね。
小林誠也の競技歴|日本代表として歩んできたキャリア
小林誠也さんはいつリュージュと出会い、どのようにキャリアを歩んできたのでしょうか?
リュージュとの出会い
小林誠也さんは、小学校5年生(2012年)のときにリュージュと出会いました。
出会ったきっかけは、長野県「SWANプロジェクト」(メダリスト育成事業)です。
元々、そり遊びが大好きだった小林誠也さんは、専用コースでの滑走に魅了され、小学校2年生から続けていたバスケットボールと並行してリュージュを始めました。
ターニングポイント
小林誠也さんは、中学校3年生(2015年)の時に全日本選手権で3位入賞しました。
これがリュージュ人生のターニングポイントになったのです。
2014年ソチ五輪代表・金山英勢選手がいる中でのメダル獲得は、小林誠也さんにとって「自分は行けるかもしれない」という自信が生まれるきっかけになりました。
その後、長野工業高等学校に進学し、入学当時はバスケットボール部に所属していましたが、高校2年生(2019年)からリュージュに専念する決断をします。
そして、ジュニアワールドカップに参戦するようになり、国際舞台での経験を積み始めます。
しかし、国際舞台で戦うようになる時には、練習環境が厳しくなっていました。
日本で唯一の練習場所であった、長野スパイラルが2018年に製氷を停止したのです。
そのため、海外での練習が必須となっていたのです。
オリンピックに向けて
信州スポーツ医療福祉専門学校に進学した小林誠也さんは、2021-2022年のシーズンからワールドカップを始めてシニア部門で参戦します。
それは、北京オリンピックのための挑戦でした。
まだジュニア部門でも参戦できるシーズンでしたが、オリンピックを目指したのです。
この挑戦は不安を抱えながらでした。
なぜなら、2020-2021年シーズンはコロナ禍で海外遠征が制限され、コースでの滑走練習が1回も出来ていなかったからです。
しかし、小林誠也さんはワールドカップで成績を残すことができ、オリンピック2、3週間前に出場権を手にし、北京オリンピックに出場しました。
社会人生活
小林誠也さんは、2022年4月から中外印刷株式会社に所属し、午前中は仕事、午後からトレーニングという二足のわらじ生活がはじまりました。
年間1/3くらいしか日本にいられないことを面接で伝えたようですが、会社は快諾してくれたようです。
北京オリンピック後の2022-2023年のシーズンは、練習をメインに行い体重増加に取り組んだようです。
リュージュは体重が大切な競技です。
そのため、1日5食の生活を送り体重を60kg台→84kgと15kgの増量に成功しました。
そのような、体型改造の効果もあり2022年12月のアジアリュージュ選手権で初タイトルを取ります。
そして、2023年からのシーズンより、ワールドカップに本格的に参戦し始めます。
その後のワールドカップでは、日本人最高タイ記録を出すなど成長を続ける小林誠也さん。
そして、2025年シーズンのワールドカップで成績を残し、ミラノ・コルティナ冬季オリンピックの切符を手にしました。
小林誠也の主な国際大会成績と評価
小林誠也さんは、国際大会でどのような成績を残しているのでしょうか?
また、評価はどうなのでしょうか?
主な国際大会成績
小林誠也さんの主な国際大会での成績はこちらです。
- 2019-20年シーズン ジュニア世界選手【ドイツ・オーバーホーフ】:28位
- 2021-22年シーズン 北京オリンピック:32位(日本のリュージュ出場は8年ぶり)
- 2023-24年シーズン 世界選手権【ドイツ・アルテンベルク】:24位
- 2024-25年シーズン ワールドカップ【オーストリア・インスブルック】:16位
- 2024-25年シーズン ワールドカップ【米国・パークシティ】:14位(ワールドカップ最高成績)
- 2024-25年シーズン ワールドカップ【ドイツ・オーベルホフ】:25位
- 2024-25年シーズン ワールドカップ【イタリア・コルティナ】:34位
小林誠也の評価
小林誠也さんは、2022年からアジア選手権を3連覇しています。
そのため、アジア地域では圧倒的な存在なのです。
しかし、世界レベルでは中堅の位置ですが、リュージュはトップ選手の年齢が高く、30代の人が多くいます。
ですので、小林誠也さんはこれからの選手で発展途上にいると考えられるため、今後に期待できると思われます。
リュージュとはどんな競技?日本代表1枠の厳しさ
リュージュとはどのような競技が知っていますか?
また、オリンピックに出場権利はどのようにして獲得できるのでしょうか?
リュージュとはどんな競技?
リュージュとは「氷上の弾丸」と呼ばれる極限競技で、仰向けの姿勢で小型のそりに乗り、時速140〜150kmの猛スピードで氷のコースを滑走するスポーツです。
操作方法は、足首でそりの先端を押し込んでコントロールします。
視界は頭を低く保つため、前方がほとんど見えない状態で滑走するのです。
スピードや姿勢などから想像できるように危険と隣り合わせの競技で、冬季オリンピックで最も危険な競技の一つとされています。
また、技術的難易度も高い競技です。
争うタイムは1/1000秒で、壁へのわずかな接触が大幅なタイムロスになり、コースのどのラインを通るかが勝負を大きく左右します。
オリンピック出場の1枠を勝ち取る厳しさ
リュージュのオリンピック出場獲得条件は、オリンピックシーズンのワールドカップランキングに基づいて決定されます。
小林誠也さんが獲得したリュージュ男子1人乗りの枠は、たった25名です。
リュージュが盛んな国とは違い国内での練習場所が無い厳しい環境で、小林誠也さんはオリンピックの出場権を獲得しました。
どんな環境でも前に進む姿勢と、日本にリュージュを知ってもらいたいという思いが、小林誠也さんを成長させているのかもしれませんね。
まとめ
この記事では
- 小林誠也は日本で唯一のリュージュシニア選手
- 小林誠也の競技歴
- 小林誠也の主な国際大会の成績
- リュージュは氷上の弾丸と呼ばれている
についてお伝えいたしました。
そり遊びが好きな青年がオリンピック選手に成長し、日本ではマイナーなリュージュを知ってもらいたい、日本からリュージュが無くならないで欲しいと競技と向き合っています。
その思いが叶えられるように、2026年ミラノ・コルティナ冬季オリンピックでの活躍を期待したいですね。

